NIHON KOGEIKAI
一胡粉一
日本の伝統的な赤を代表する顔料が朱ならば白は胡粉である。中国明時代の百科全書『天工開物(てんこうかいぶつ)』によれば、胡粉は鉛を酢と塩で酸化させて白い粉にした鉛あったことがわかる。日本でも奈良時代には胡粉といえば鉛白を指したが、日本は湿度が高いため鉛白では黒変し、鉛の使用により高価になることもあって後には貝殻を使った胡粉が作られるようになった。室町時代の障壁画に用いた胡粉は貝殻によるものだが、江戸時代には需要の増加に伴って貝殻の胡粉が盛んに製造された。
胡粉は現在、身近にな雛人形の頭(面部)に使用されている。伝統工芸では人形製作に必要不可欠な材料であるが、胡粉の主な需要は人形人形とともに日本画が中心で、その他には食用として塩豆にも用いられている。
胡粉の原料は、天然カキの一種でカキより一回り大きいイタボガキを用いる。イタボガキは石灰質部分が多く他の白い貝殻には見られない特質をそなえており上質の胡粉製造に適している。これは蓋と身の形状が異なる二枚貝だが、素材としては、蓋の方が肉が厚く石灰質部分が多いので上級な胡粉が出来る。入荷した貝殻は、そのままでは使用できないので、露天積みし10年以上風雨にさらして風化させる。これは貝殻の塩分を抜くことと風化させてもろくするためである。胡粉の製法としては、次の通りである。
イタボガキの選別
(1)蓋と身の選別後、研磨機で表面のゴミを取り除き、ハンマーミルで粗砕し、さらにスタンプミルで細かく粉砕し篩にかける。
(2)粉に水を加えてよく練り、石臼に入れてより細かくすりつぶす。臼で挽かれた胡粉は下の水槽に落ちるが、臼の横には錘(おもり)をぶらさげた攪拌機(かくはんき)がついており、臼の回転により水槽の胡粉の液を掻き混ぜる。石臼にかける
(3)攪拌された胡粉は粒の大きいものは沈殿し、うわずみの細かいものは次の槽に流れ込む。これをポンプですくいあげ機械でさらに精製し品質を高める。
(4)泥状の胡粉を杉板の上に流して10日ほど天日乾燥させ、再度細かく粉砕し、箱詰めする。
胡粉は現在では京都府宇治市で製造されるだけになっている。
宇治では江戸時代から作られているが、その理由として、
1)一大消費地であった京都に隣接すること、
2)原料である大量の貝殻を搬入する際に淀川、宇治川の水運が利用できること、
3)製造上何よりも大切な豊富な水に恵まれていること、
などからであった。
今回お話を伺ったカナガワ胡粉絵具株式会社のある宇治市菟道(とどう )池山周辺の谷部はかつて水車谷と呼ばれ、精米、金粉、胡粉製造などに用いる大型水車が明治40年段階でも5基残っていた。
今でも製造には大量の水を使用するが、胡粉は清浄な軟水が豊富にあって初めて製造できるものである。
原料のイタボガキは20年ほど前から入手が絶えており良質の胡粉製造が危惧される状況にある。
(京都府教育庁指導部文化財保護課 技師 原田三壽)
特別展示 伝統工芸を支える人々
協力・資料提供 有限会社 金華科学工業所
日華化成有限会社
ナカガワ胡粉絵具株式会社
写真 出水伯明氏
協賛 松下電器産業株式会社
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