鋒鋩  それは墨をおろす(摺る・磨墨する)ための根本性能、硯の最重要機能です。

硯の鋒芒(ホウボウ)
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墨がよく下りると同時に佳い撥墨の磨墨液を得ることができる硯、それが佳い硯の基本です。
墨がよくすれる硯は硯面の鋒鋩(ホウボウ)が鋭いから、鋒鋩(ホウボウ)とは「槍先を連ねたようなもの」、或いは「鋸の刃を連ねたような形状」・・・などと説かれ、例えられてきました。
ある程度使用した硯は「墨の下り具合=墨の
摺り(すり)具合=」が悪くなってくる。
墨を摺る時間に比例し硯面の鋒鋩が摩耗し墨が下りにくくなる。
鋒鋩を磨いて目立をしなくては鋭さが戻らない。撥墨も劣ってしまう。
と、硯面に砥石をかけ鋒鋩を立て、槍の刃を研ぎ、鋸の目を立ててきました。・・・、そして・・・、その積もりでした。

古くから続くこの「砥石かけ(鋒鋩の目立て)」で硯の磨墨機能は、確かに回復します。
回復は鋒鋩の先端、槍先に相当する部分が墨を摺ることで徐々に摩耗し機能が劣ってくる。
研ぎ直すことでこの機能を、鋭い槍先を取り戻すと同時に鋒鋩に堆積した墨の摺りカス(膠+煤)をそぎ落とし鋒鋩の切っ先に墨が直接当たる様に硯面を回復する。
それらの作業が「砥石掛け」であり、砥石掛けにより鋒鋩は回復する、と考えられてきました。

1998年1月、当時蔓延した老坑鉱脈が枯渇したとの悪質な風評に対し、老坑は健在であることをご確認いただく「老坑採掘現場確認調査行」の第一回目を急遽実施。
その後も引き続き、老坑鉱脈涸渇の風評を信じられていた、或いは疑問に思われていた端渓愛好家の方々や端渓を必需とされる書や水墨の研究家の皆様方を老坑採掘の現場そのものの「老坑坑底採掘現場」や「老坑硯廠」へご案内しました。
この老坑採掘現場調査行は、中国政府の「地下資源保護令」に始まる「端渓坑採掘禁止」により老坑採掘が中断される、その直前までに三十回は下らぬ回数を実施、端渓愛好家・端渓研究家・専門家・・・、少なくとも200人を優に超える方々をご案内しました。
特に第一回目の調査行では、私の想像以上の反応を示される方が出現し驚くと同時に老坑へご案内して本当によかった、と嬉しくなりました。
この方は「老坑鉱脈は尽きた」の悪質な風評を信じられていた様子で、肇慶に到着し西江を渡り老坑への斜面道を登り老坑坑口に辿り着くまでの間「老坑があるわけがない。掘り尽くしのだ」と言い続けられていました。
老坑坑口に近づくに連れ発言は減り、そして無口になられ、老坑坑口から遂に老坑へ入坑した、正にその時「瞞されていた!!!」と大声で叫ばれたのです。
言葉巧みに組み立てられた風評も現実の前には全くの無力、をご案内してよかったとの感覚とともに実感しました。

端渓老坑採掘現場にご案内した方々は全員が端渓を愛してやまない方ばかりだったのですが、第一回目の調査行参加のお一人が現場で入手された老坑、それも老坑坑底で採掘工特段の奨めがあった逸品、当然のことながら摺り味秀逸な老坑硯の硯面を、帰国直後=1981年1月5日=に勤務先備え付けの顕微鏡超拡大面で観察されたところ、硯面には言われてきた鋒鋩=槍の穂先・鋸の刃のようなもの=は見あたらず、小さな硬い硬い黒い粒子が胡麻を撒いたように散らばっているのを見つけられ、発見の翌日早速ご報告下さいました。
どうやら硯面に在り、墨がよく下りる、そして佳い撥墨をもたらす要因となる「鋒鋩」なるもの、
それは伝えられてきた「槍先を連ねたようなもの」、或いは「鋸の刃を連ねたような形状」のものではなく、この「硬く黒い胡麻粒のように見える粒子」だとの結論に達しました。

硯面に墨を当て摺ることで「煤(烟)を含んだ膠分(=墨)」は細かく削り取られていく、
これに適した形状・配置・密度・強度の「粒子」がちらばる石が硯材として人気を集める、
その理想的な硯材が「端渓原石」であり、中でも「老坑」が特に秀逸、現在に至るも最高の硯材との地位を確立しているのです。

硯面に砥石をかけるのは、「鋒鋩を立てる=槍の穂先を研ぎ直す=ため」と意味づけられてきた伝承のことではなく、硯面の粒子が墨カスに埋まり墨と接触し難くなる、その硯面が墨と直接接触するように膠と煤の墨カス膜を取り除く作業、これが砥石かけなのです。
謂われてきたように「槍の穂先の摩耗」に相当することが「胡麻状の粒子の摩耗」であるなら、その時点時点の粒子が摩耗しても摩耗した硯面にはその下層の、当初硯面と変わらぬ粒子が次々と顕れますので硯面と鋒鋩と言われてきた、そして今も鋒鋩と言われる粒子との磨墨にかかる状況に変化は生じないのです。

墨の構成物、膠と煤カスが硯面に溜まり粒子を覆い隠すことによる磨墨力の減衰。
これが「鋒鋩を研ぎ直さねば・・・」とされてきた鋒鋩の実際です。

そして砥石をかけ硯面をきれいに仕上げたその硯が「老坑、それも老坑中の老坑」なら、それこそ「熱釜塗蝋」を体験することになります。


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