朱は赤色の顔料で、科学的には硫化水銀(水銀と硫黄の化合物)といい、銀朱とも呼ばれる。天然には辰砂(朱砂・丹砂・丹朱)という鉱物として産出する。我が国でも古代から産出しており、『続日本紀(しょくにほんぎ)』文徳天皇2年(698)では伊勢国から朱砂が献じられたことが記載され、高松塚古墳や法隆寺金堂(7世紀)の壁画に朱が用いられていた。原料となる水銀は室町時代までは有力な輸出産品であったが、枯渇し、江戸時代には輸入国に転じた。また、江戸時代には幕府の許可により大阪堺の朱座で独占生産していた。
朱は、根来塗(ねごろぬり)の鮮やかな朱色に代表されるように、漆と密接不離の関係にあり、現在も主に漆器に用いられ、一部が高級絵具として使われている。 現在我が国で朱を生産している業者は、江戸時代に大阪に朱座があった関係からか、全て大阪府にある。日華化成(大阪市淀川区)、金華科学(大阪市阿倍野区)など4軒あるが、いずれも明治時代から大正時代の創業である。
今回は金華科学工業所を取り上げさせてただいた。
金華科学は、明治時代の京都の蒔絵師として著名な五代山本利兵衛の弟、山本吉兵衛が明治末期に京都から大阪に移り、独立して漆用の朱顔料製造販売に従事したことに始まる。製造しているのは、赤味が強い方だから、本朱・赤口・淡口・黄口の4種類である。製造方法は創業以来ほとんど変わっていない。製法は、
(1)反応漕(鉄の箱)に水銀と硫黄、苛性カリ又は苛性ソーダを加え。蓋をし、振蘯機(しんとうき)に入れ、半日ほど蒸気を加えて熱しながら振動を与え、化学反応を促進する。
(2)出来た朱を壺に移し、水を換えて洗い、次に酸を加え桶に入れた小さい壺に移し、蒸気で熱し中和を促進する。
(3)朱を数度石臼にかけ、粒子を揃え不純物を取り除く。
(4)朱を焙烙に移し、一昼夜程度、炉にかけて乾燥させる。これを篩にかけ、箱詰めする。製品の単位は半斤(300g)である。 |
朱の原料であるすいぎんは、メキシコやスペインなどから輸入しており、その入手に特に支障はない。しかし、代用の顔料の普及で戦前に比べ朱の需要は激減しているが、昨今、本物の朱が見直されてきており、後継者さえ育てば供給の見通しは明るい。 金華科学工業所をはじめ製造者の皆さんが、我が国の代名詞である漆器(JAPAN)に不可欠な顔料である朱を良質な形で供給し続けて下さることを念願するものである。
(大阪府教育委員会文化財保護課 主査 森 成元)
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