筆 の「原 毛」 | みなせトップへ |
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毛筆の原毛について、私 山口 一 自身が今も製筆している、そして過去に造った毛筆に使用した原毛を主に、毛筆の原毛について、を、徐々にですが記していきます。 雑用が多く、この記述充てる時間の余裕が余りとれません。マイペースの、長い時間がかかる、とは存じますが気長にお付き合い下さいますようお願いします。 |
T: 狼=鼬(いたち) |
特に多くいただく質問は「 狼 の毛とは?」です。 中国で、そして20世紀も末に近づく1990年代半ば頃からは日本でも筆銘に「狼」の字を含む筆が増えました。 筆銘として、或いは筆銘の一部として筆軸に刻する「狼」、これは日本語が意味する「オオカミ」を指すのではなく、日本語の意味では「鼬 =(いたち)」を意味します。 「鶏狼豪」「豹狼毫」「鹿狼毫」「北狼毫」・・・、・・・、などと唐筆の筆軸に刻される「筆銘」の「狼」は、日本語で言う「狼」を意味するのではなく「イタチ(鼬)毛」を意味します。 ※※狼、◎◎狼、☆☆狼の「狼」は、中国語では「鼬(イタチ)」の意味で、イタチの種類の呼び名なのです。 ちなみに「日本鼬」と同種の鼬は、中国の製筆関係者の間で「黄鼠狼」と呼ばれます。 そして、中国のこの表現は製筆関係者の間だけではなく広く一般に使用されているもの、と捉えています。 「狼豪=鼬毛」の性質は「剛毛」、しかし多様な種類がある筆原毛の「剛毛」の中では「中」ぐらいの堅さです。 更に、鼬の種類、雄雌、更には個体等々により弾性差の広がりの大きい原毛です。 製筆するとき、手に当たる感触などは柔毛のごとき感覚を受け、他の剛毛より製筆に少し手間が掛かります。 「弾性高」にもかかわらず「しなやかさ」も併せ持つ原毛で、しなやかさが墨含みの良さをもたします。 小動物なので主として筆頭の出丈(軸から出ている筆頭の長さ)は「30mm」前後までの小筆が主になります。 しかし、何千匹もの鼬尾を選別し、何年もかけ「長い毛」を集め、それらで造る筆は、平均的な鼬毛筆の二倍にも達する長い毛丈の筆が出来ることがあります。 現状、弊社 が確保している鼬毛筆で「最長の筆頭丈は約90o」です。 |
U: 兔 |
兔(うさぎ)毛の筆は、ウサギの容姿から受ける雰囲気とは異なり「剛毛」、それもかなり堅い部類に属します。 この事実とは逆に、筆や書に関する専門書の一部、またはそれに類する書物に「兔の毛の筆は柔らかい性質」と説明される例が数多くあります。 昔、どなたかが書かれた専門書の類い。製筆、または筆についての“専門書”と思い込まれているその本に、兔の毛で造った筆は柔毛であると掲載されている。 筆に関する何らかを書こうとする人の一部は参考文献としてこの本を利用し、参考とし執筆する。これが繰り返された結果多くの同様専門書の類いに似た記述が為される。 次の執筆者は、次の講演者は、念のため数種の参考資料を調べた。 いずれも「兔の毛で造った筆は柔らかい」と説明されていた。 だから兔の筆は柔毛筆なのだと信じてしまう・・・・真実が伝わらない伝承のパターンです。 狼=鼬(いたち)、兔 うさぎ、玉毛=猫、狸&狢(むじな)、貂(てん) 、鼬・・・ これらを主たる原毛とする小筆の種類が多いのですが、いずれの原毛も小動物の毛なので、筆頭の出丈(=軸から出ている筆の長さ=)が40mm前後までの小筆が主になります。 よく選毛された兔の毛は堅く、且つ毛先にザラザラ感無く、滑らか。 「兔筆(厳選されたウサギ原毛筆)」は概ね好評です。 兔毛の二番手(少し質の劣る原毛)を使用すると長所はかなり減損し、摩耗が早い、ざらざら感が残る。などのレベルになってしまいます。 「筆のウサギ原毛」はほとんどが野ウサギの毛で、兔種・ウサギの毛色により「黒」「薄茶(白ウサギとも言う)」「白」などの色調があります。 中国の製筆関係者は黒兔の毛を「紫毫」と呼び、兔毛の筆を「紫毫筆」と呼びます。 これらの呼び方が日本の関係者の間で拡がり、昨今は日本の製筆関係者の間でも同様の呼び方が増えつつある、この傾向が感じられます。 ウサギ毛は、製筆に当り「鼬毛」比、より楽に毛を取り扱えます。 |
V: 猫 |
猫も弾力の大きい原毛の一つです。 兔の毛もそうですが、特に猫の毛は「綿毛」を取り去ることに労力をとられます。 筆に使用する毛は何れの獣毛でも「綿毛」を取り去ったあとの「烈」なのです(私が知らず知らずの間に身につけていた筆造りですが、みなせの筆職として筆つくりを続けていただいた有馬筆の先輩職人達はこれを「烈」と呼んでいました。「烈」の正式な呼び方は《刺し毛》とのことです)。100グラムの原毛から「刺し毛は7グラム」ぐらいしかとれません(日本狸は65〜75グラム前後残ります)。 小動物なので毛丈が短く小筆の製造がほとんどです。 小筆のいくつか、特に「高野切」は猫の毛(タマゲ)で書かれた、とされ、高野切臨書筆の原毛にも使用されます。 性質は弾力豊かで毛先も滑らか、墨持ちもよく、綿毛をとる工程以外は比較的楽に作業できる毛です。 この玉毛の強弾性を、鼬(イタチ)筆の剛性を増すのに利用することもあります。 見た目も鼬に似た茶色の「猫毛(=茶玉)」をイタチ筆の原毛に混毛することも珍しくはないほどに強い猫毛の弾性で、しとやかさの中、他にはない強い弾力を持ちます。 製筆作業により毛先に「玉」状のものが出来るから「タマゲ」と呼ぶ、 毛先部分に玉状のふくらみがあるから「タマゲ」と呼ぶ、等々、 「タマゲ」と呼ぶ由来にはいろいろとあるようです。 が、私の製筆経験からでは「毛先」に「玉」状のものが出来る、という現象は全く感じられま せん。また、毛先部分にふくらみがあるということも感じたことはありません。 これらは、私の感性の鈍さが原因なのかも知れません。 私の先輩職人さんたち、有馬筆の筆司さんたちは、製筆見学に訪れられる方々から「玉毛(タマゲ)」の呼び方由来の質問が出ると「猫の名前はどこでも大抵《タマちゃん》」。 だから「タマチャンの毛」で「タマゲ」と言うんだ、と、説明していました。 私も《猫の名前はどこでも大抵タマちゃん》と説明しています。 |
タマゲは白玉(シラタマ)=白色の毛、茶玉(チャダマ)=茶色の毛の二種(毛色だけのことですが)が中心で、三毛猫の毛、黒猫なども入荷することがあります。 しかし、私が使う猫は白玉、茶玉が主で、他のものはほとんど使って来ませんでしたし、今も使っていません。 |
W: 狸 & 狢(むじな) | |
狸毛は毛質の差が広く、大きく分けて高級筆の原毛「日本狸」、少し毛先が粗い「中国狸」のA系統があります。 通常、「中国狸」と称す原毛は毛質=毛先の粗いものがほとんどなのですが、その中で日本狸に相当する品質の「水(かん=「灌」のサンズ偏をケモノ偏に変えた字)」と呼ばれる原毛があり、いろいろな筆原毛に使用されていることを1985年ころに知りました。「水」が動物学で何に属するものかなどは知りません。 日本狸と同様に弾力が強く、毛先も同様に滑らかでスムーズに回転し、高級小筆に使用できる質です。 日本狸は小動物ですので大きい筆への使用は出来ず、小筆原毛として使用されることが主です。 狸毛の筆と称するものの中には半紙に漢字4字書くような大きい筆や、中には画仙紙半切に一行書き出来るくらい大きな筆もあります。が、これらの原毛は「狸」ではなく「狢=むじな」を使用しているのですが、昔から日本でも中国でも「狢」と「狸」の違いが何かと話題になったりします。以下は私なりに調べた「タヌキ(狸) 」と「ムジナ(貉)」の差です。 ≪狸毛と狢毛≫ タヌキ(狸) 分類 食肉目 イヌ科Nyctereutes procyonoides 英名 Racoon Dog(犬に似たアライグマ) 分布 日本、中国、アムール地方、朝鮮、沿海州方面に分布 体重5〜8kg、体長50〜70cm。冬は厚い毛に覆われている。顔は丸く目の下に黒い斑紋がある。長胴短脚、背中の毛は黄褐色で黒いさし毛がある。尾はフサフサ、四肢の先は黒い。 夜行性で雑食、集団行動し水辺近くの山林に住み、人里近くにも出没する。 岩のすき間や木の洞を巣とする。 1ケ所の決まったところに排泄し、フン塚(タメフン)をつくる。 一時的に失神状態(タヌキ寝入り)をする。木のぼりが上手。 アナグマ(貉:ムジナ) 分類 食肉目 イタチ科Meles meles 英名 Old World Badger 分布 ヨーロッパ、アジア温帯地方、日本 体重4〜12kg、体長50〜80cm。体つきは頑丈でずんぐり。目・耳が小さく扁平な顔。鼻が円盤状でブタの鼻に似ている。爪が長く大きい、やや内またで歩く。体毛は暗い赤褐色。口先から眼・耳へつながる白い縁どりの暗い線がある。 夜行性、雑食、ハチノコは大好物。単独行動、穴掘りが上手。地下に大きな穴を掘り、リビングルーム、育児室、寝室、通気孔、出口、入口を備えた豪華な巣穴。数世代が同居する。 中国では古くからタヌキのことを「貉」と表記しており、現在でもタヌキの動物学的標準名は「貉」となっています(以上、埼玉県立自然史博物館自然史便り第20号)。 ★毛筆に使用される「狢」の毛は、私(有馬筆筆司 山口そう一)が知る限り中国産です。 「狢」は上記の資料通り「イタチ科」とのことですが、筆の原毛として見るとき「鼬(いたち)毛」の特徴は一切見られず、狸毛の中でも粗い狸毛の特性そのものです。 毛の太さは勿論、筆原毛として大切な毛先も日本狸よりズーッと粗いのです。 と言うことで、筆原毛として言う「狢」は「狸に似た毛質で、狸比より粗い毛質」と言うことに落ち着きます。 毛質に関しましては、比較対象を「日本産の狸毛」に限定しても、狸個体の生息地により毛性が大きく異なります。その生息地が僅か10Kmも離れると、筆の原毛としての判断では性質に大きな差が有るのです。 差は生息地間の距離が原因ではなく、地形などにより一つの集団として狸が生息する範囲が限定される、つまり集団毎に顕れる微妙な毛質の差が、毛筆原毛としては、それも高級小筆の原毛としては書き味に大きく影響を与え、質が全く違うと言いきれる程の差が生じる。 筆は微妙な製品なのです。 海を隔て、大地を隔て生きる「狢ムジナ」。狢は、筆原毛の性質などに関してでは、中国産狸とも言えるの毛質なのですが、その毛質と日本で言う本来の筆原毛としての「狸毛」の間には大きな質の差が、毛の太さ、一本の毛毎の毛の根本から毛先にかけての太さの変化、毛先の滑らかさ等々にある。同一生物にも生じる地域差などの環境の差。これらがもたらす毛質の差。これらが納得できる毛質の差があります。 |
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山口j一(山口そう一) |
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